昨年から鳥の巣箱を作っている。一つは入口の穴が大きかったせいか、すぐに雀に占領された。そして、今年も我が家のように出入りしている。もう一つは穴が狭すぎたのか、いまだに空き家である(右側)。どちらも屋根を杉皮で葺いた自然に溶け込む自信作である。今年は空き家の方を少しだけ穴を広げて、毎日観察している。私は、ふだんよく見かけるシジュウカラ、もしくはカワラヒワの入居を希望している。姿が美しい、音楽家の鳥を歓迎しているのだ。もちろん家賃は取らない。たまにはリンゴの差し入れもする。だが、この高級一軒家に限り、雀やムクドリはお断りである。

さて、なぜ巣箱を作るのか。近くで鳥たちの営みを眺めていたいからである。人間のわがままであることは、十分承知している。TVなどではよく野生動物に餌を与えてはいけない、手を加えてはいけないという主旨のことを言っている。確かにそうかもしれない。しかし、数年前に鳥インフルエンザが流行して問題になるまでは、全国各地で白鳥・カモなどへの餌付けが行われていたではないか。それが、鳥インフルの後、ぱたりとやめてしまっている。私には、数百の高貴な姿をした白鳥が、田んぼの泥にまみれて前年の落穂をついばむ姿は、なんだかやるせなかった。真っ白でいるべき白鳥が泥だらけになるのが、不自然で許せないように思えたのだ。しかし、何年も経つうちに慣れたのか、何も感じなくなってきている。単なる感傷だったのだろう。そもそも、(札幌のN君には申し訳ないが、)人は犬を飼うのに、服を着せているではないか、私には、犬が迷惑していることだろうと気になって仕方がない。犬に限らず、狭いゲージの中で、いつとも知れぬ買われる日を待っているペットショップに至っては、虐待にさえ見えるのだ。犬猫病院の宿泊施設然りである。熱帯出身なのに寒い雪国で暮らすライオン、北極の寒さが心地よいのに30度を超す日本の夏をけなげに生きるシロクマ……、挙げたらきりがない動物園の動物たちよ…。

叱られそうなのでこの辺でやめておこう。それほど真剣に考えているわけではないのだから。要するに私は、でき得る限り自然のままにしておこうではないか、そして、ほんの少しなら人間の自然へのかかわりも許してもらえるのではないか、と言いたいのである。あくまでも「ほんの少し」を各自が自分に問いながら…。

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