きのうの夕食にマーボ豆腐が出て、にわかに学生の頃に記憶が戻った。新宿下落合にある学徒援護会・東京学生会館で暮らしていた頃(昭和46年~50年3月)、アルバイトでお金が入ると、近くの食堂へマーボ豆腐定食を食べに行った。すぐ裏には、正久刃物の工場があった。食堂の名前は忘れてしまったが、味はいまだに残っていて、その後、横浜へ就職した私には中華街でも食べられなかった味である。そこの豆腐はサイコロ状ではなく、やたらにゆったりと寝そべっていた。そして、やや浅めの皿にたっぷりと盛られてくるのだ。作っているのは恰幅のよいふくよかなお婆さんで、麻婆豆腐の名にふさわしい。値段も190円かそこらで、貧しい学生にはうれしい大盛りであった。あの味はどんなに頑張っても出せない、思い出の味である。
思い出の味と言えば、これも忘れられない。会館前の西部新宿線の線路を渡っていくと、青龍のレバニラ炒め定食があった。家族経営で、痩せた父さんが半袖の下着のシャツを着て汗だくになって作ってくれた。180円くらいであったろうか。ふだん学生会館の食堂で生きている身には、たいへんな御馳走であった。なにせ会館の飯と言ったら、生煮えのもやしが入った味噌汁5円、ごはん15円、おかずが日替わりで30円くらいだった。おかげで私は、卒業後の数年間はもやしが食えなかった。食事抜きで寮費が光熱費込みの月800円だったのだから、文句は言えない。でも、当時は言っていた。その後、オイルショックなどもあって2100円に値上げされたが、あそこだったから大学を卒業できたとひそかに感謝している。昨年、約40年ぶりにOB会が行われた。場所は大学内のボアソナードタワーである。誰かも言っていたが、ハゲとデブの集まりであった。あの先輩たちや仲間たちのおかげでその後があり、今がある。正に人生の出発点であったとしみじみ思ったものだ。大学の校舎も新しくなり、下落合の会館は、今は立派な老人ホームになっているそうだ。なんだか我々を象徴しているようで笑ってしまう。
懐かしいね。下落合の踏切を渡って右側にあった「焼肉とらじ」は、まだ健在だ(昨年夏に確認)。こんな美味しい肉は初めてだと、当時は感動した覚えがある。クッパも旨かった。金が無く普段は栄養不足だったので、ここに来るとお腹が満たされて幸せな気分になり、明日から少しくらい食わなくて生きていけると思ったもんだ。今度、一緒に食べに行きましょう。