40年近くも昔のことである。私は母校の教室で授業をしていた。田園地帯にあるのどかな地域である。校舎の周りは一面の田んぼに囲まれ、裏を川が流れている。「さお竹~、えぇさお竹~。」という例の声が車のスピーカーから流れてくる。またうるさいのが来たかと思っていると、県道をずんずん近づき、中学校の敷地の外れまで来たら、急に音を消したのである。グラウンドのすぐ南側に県道があるのだが、敷地を無音で通り過ぎ、民家の方まで行ったら再び音を流し始めたのであった。

私は、授業を中断し、「全員、窓の方に」と指示をして、あれをみんなはどう見るか、と聞いた。彼らがどう答えたか記憶にないが、私は次のような内容のことを言った。「あの人は商売人としてはどうだかわからないけれども、人間として素晴らしいじゃないか。選挙期間中の立候補者を乗せた車だって、名前を連呼して訴えて通るのに、あのさお竹屋はここが学校だということを知り、授業の邪魔をしないようにと音を切って通ってくれた、なんと感動的なことではないか。」

何がきっかけであったか忘れたが、ずいぶん古い一場面を思い出したものである。

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