泊まったホテルから望むハワイ最古のモアナ・サーフライダー ホテル/その向こうがワイキキビーチ

5月に結婚式があって、ハワイを訪れた。新郎新婦はワイキキにある写真の豪華なホテルに宿泊したが、年金生活者である私たちは向かいのシェラトン・プリンセス・カイウラニに泊まった。ここワイキキは世界的な観光地だけあって、ホテルが林立している。昔は建物の高さ制限が厳しかったそうだが、近年は緩和されて高層ホテルが多くなったそうだ。したがって低い建物は古くからあるホテルということになる。観光地だけあって、大通は人々が朝早くから、夜中まで歩き回っている。ビーチは日光浴やサーフィン、水遊びをする人たちでいっぱいであった。ビーチがすぐそこにあるからであろう、歩道はもちろんのことホテル内でも裸のままの人が闊歩している。

<肥満> 気が付いたのは肥満である。アメリカ人など欧米人は若いころはたいへんスマートで美しいが、食事習慣のせいか年配になると体形が一変する人が多い。ところが、観察していると、若い十代と思しき人でもこれでもかと肉(脂肪)をつけている。お尻の上に行き場を失った肉が盛り上がっている。太ももや腹回りは溜まったというよりパンパンに膨らんでいる。普段は使わない「やばい」という単語が浮かんできた。呼吸が苦しくはないのかと心配になるが、食べ物や飲み物の量が日本の倍以上もありそうなのだから、さもありなん…。

滞在中に自由になる日が4日くらいあった。そこで2日目以降の3日分は事前にツアーの申し込みをしていた。初日はなんだか慌ただしく過ぎて、ビーチ周辺を散策するにとどまった。翌日、2日目は海上遊覧ルートということで、ダイヤモンドヘッドの近くまで遊覧船で楽しんだ。途中、アオウミガメが顔を出したり、潜水艦見学の様子を眺めたり、快適な海の旅であった。

右舷のへこみが特攻機がぶつかった跡……日本の特攻機がぶつかっても、この程度の損傷しかないことに驚く。

そして、午後からはパールハーバーの戦艦ミズーリ記念館を見学した。全長270mにも及ぶ戦艦で、第二次世界大戦では硫黄島の戦いや沖縄戦などに参戦している。1945年4月11日、初めて特攻隊戦闘機の攻撃を受け、右舷甲板の後部に破損の跡が残っている。(右下の写真)なお、アメリカ軍は日本の飛行士の遺体を極めて丁重に葬っていた。軍人ならば当然のことかもしれないが、その様子が写真入りで記録されていて、感動を覚えるとともにアメリカ人を見直してしまった。

艦内での調印式の写真

その後、ミズーリは朝鮮戦争で活躍した後、1991年には湾岸戦争に出動した後、1992年退役し記念館として一般公開されている。1945年9月2日、東京湾に停泊していたこの戦艦は二次大戦が公式に終結を迎えた降伏文書調印式の会場としても使われたという。マッカーサー元帥をはじめとする連合軍代表と日本からは政府全権・重光葵(まもる)外務大臣、他12名が出席したということであった。

<リンカーン・リムジンでの送迎>  3日目の結婚式当日、ホテルの玄関で待っていると、真っ白なリムジンが静かに止まった。もしやと思っていると、運転手が呼びに来た。なんと我々を乗せる車だったのである。さすがハワイ最古の伝統を誇るホテルがすることには驚かされる。こんな車に乗るのはもちろん初めてである。中にはワイングラスが並び、飲み物コーナーがあり……贅沢な内装であった。

新郎新婦を載せたリムジン・クラシック

式後のガーデンパーティは両家の親族だけなので、和やかで楽しいものであった。途中フラダンスの披露もあり、みんなで踊りの体験もした。ワインで気持ちよくなってしまった私は、後ろの演奏の人からギターを借りて余興に弾いたのであった。食事のメニューは下の通りだが、ステーキなど大きくて残してしまうほどであった。

<Wedding Menu> 乾杯用スパークリングワイン ⇒ スープ ⇒ ガーデンサラダ ⇒ ガーリックバター・フィレミニオン&ロブスターのグリル、季節の野菜のグリル ⇒ ブレッド ⇒ コーヒー(紅茶)

4日目、「オアフ島縦断ルート」というコースであった。日立のCMで有名な「♪この木、なんの木、気になる木♪」を見たが、合歓(ネム)の木であった。常夏の島とは言え、よくもこんなに大きくなれるものだと驚いてしまった。しかも、島の至る所にこの木はあるのだ。この公園にはその大木が3本ほど集まっていた。

ネムの木の花

5日目はオアフ島東海岸の見学コースである。ワイキキの喧騒を離れて山や海の絶景に触れる私の最も好きな一日であった。シーライフパーク(ペンギンやアシカなど海の動物がいる公園)に着いてから往復70分ほどのマカプウトレイルを楽しんだ。山を登るにつれて海岸線が現れ、遮るもののない景色は気分を壮快にしてくれた。海の色のきれいなこと、すばらしい眺めの連続であった。

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<物価高> ハワイは、観光地として以上のようにすばらしい自然に恵まれている。しかしながら、生活するには物価が高すぎる。日本の3倍以上というのが実感であった。もやし1袋400円、キャベツ1個700円ほどという値段だ。それにアメリカ人はチップを取るというずうずうしさが癪に障った。もちろんそのことは知ってはいたが、ある店などは、会計の時に「チップの目安」という表まで提示するのであった。買った物、注文した物の15%がチップの相場らしい。それだったら、あらかじめチップ込みの価格設定をすればいいじゃないか、何も面倒くさいことをしなくてもすっきりするのに…と、分かっていながらも習慣の違いとは言え、いらいらした。そのうち反論もできない英語が話せない自分にも腹が立ってきた。

<雑でまずい食事> サラダを頼んでもレタスの芯ばかりで葉がない。おまけに底の方にはパスタのようなものが敷き詰めてある。高い。おにぎりを買いに行ったら、1個日本円で約250円もする。スーパーマーケットの3倍以上である。味は、ごはんに芯がありまずい。翌日から現地のローソンへ行ったら、温かいおにぎりでなんとか食べられた。結婚式後の料理は値段もよいのだろうが、おいしかった。高級なレストランでないとまともな食事にはありつけない所のようだった。

<トイレ事情> 繁華街のワイキキを離れると落ち着いた田舎町の様相だったが、そこのトイレに入って驚かされた。男子トイレの「大」の方にドアがないのである。私の下半身は前夜の飲み過ぎで緊急事態だったため、かまわず用を足したのだが、人生初めての経験だった。

我々の泊まったホテルはJTB推奨の何本指かに入る歴史のある良い方のホテルだったらしいが、ベットが高すぎた。土台が40cmくらいもあり、その上にクッションが同じくらいの高さである。寝ていて落ちるのではないかと心配になる高さである。しかも幅がシングルときている。せめてセミダブルは欲しいではないか。日本ならビジネスホテルでもセミダブルだろう。

本題のトイレに戻ろう。2泊目あたりから夜中に水の出ているような雑音で起こされた。トイレに行ってみると、案の定、水が出っぱなしであった。水タンクの蓋を取って何とか直したけれども翌朝、すぐにフロントへ申し出た。まもなく中年のアメリカ人が来て直していってくれた。ところが、日中の予定をこなして夜に帰ってきたら、同じことの繰り返しであった。根本的な修繕がなされていないのである。なんとも大ざっぱなことこの上ない。私は独身時代にトイレが兼用の集合アパートで暮らしたことがあり、この手のトイレが故障したときに何度か直して感謝されたことがある。仕組みをよく見れば素人でもほぼ直せるのである。プロであればしっかりとした対策を施すのが日本式である。ああ、それなのに、それなのに……。宿泊料金などを鑑みると、日本のビジネスホテルの方が格段、上である。ハワイのホテルは物価と同じ3倍以上である。

ミズーリ見学の帰りに乗ったタクシーの運転手は、私の一歳上の沖縄出身であった。フィリピン人と沖縄人の両親から生まれたという。丁寧に日本語でガイドしてくれて、とても気持ちがよく親しみがわいた。私は47ドルでいいですよ、と言う彼に少ないが50ドル渡したのであった。要は、どこへ行っても「人しだい」ということか。食べ物の味、値段、人情…どれをとってもやはり「日本のすばらしさ」をしみじみと感じた旅であった。

最後に、ハワイで見かけた花々を紹介しよう。

 

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